帰宅途中に金持ちになりたい理由を考えた
先日、訳あって特急で帰宅した。というのも、座れそうになかったからである。普段なら帰りの電車はほぼ100%の確率で座れるのだが、その日に限って途中のターミナル駅で終点扱いになり、降ろされてしまったのだ。
ここで僕に残された道は2つだった。1つは後続の当駅始発の急行列車に乗る。しかし足元の乗車マークには既に長蛇の列ができており、座ることができないのは明白だった。最後は乗車券を別途で購入し、特急列車に乗る。僕がとった行動だ。こちらは全席指定なので、最寄り駅まで確実に座ることができる。しかもクロスシートなので、快適性もある。
基本的に僕は節約志向なので、これが金曜日だったらおとなしく急行列車に乗り、地獄のような帰宅ラッシュに揉まれていたのだろうが、翌日も仕事がある以上疲れとかストレスを必要以上に持ち越したくなかったのだ。決して安くはない乗車券を購入し、いざ特急列車へ足を踏み入れた。
感想だが、僕のとった行動は大正解だった。乗車時間は20分余りと短いものだったが、帰宅ラッシュで受けるであろうストレスとは完全に無縁の世界だったのだ。これが正しい金の使い道というものなのだろう。最寄り駅に降り立った時、謎の感動を感じた事を覚えている。
僕が金持ちを目指す理由がここにあったのだ。僕が富裕層になるべく努力する理由、それは「金が無い事に起因する苦労やストレスを回避するため」という事だ。因みにもう一つは「自分の正義に反する事があった時やそのような事を押し付けられた時にノーを突き付ける事ができるから」であるが、これに関しては別途で記事を執筆する予定である。
資本主義である現代社会においては、快適性とかそれに準ずるものは大体金銭との等価交換になっている。とどのつまり、金が無ければ、持っていれば受けなくて済むような負荷まで負わされるという事だ。今回のシチュエーションの場合、金が無ければ、ただでさえ混雑しているのにその先でさらに混雑する(この急行列車は出発後、他に更に複数のターミナル駅に停車する)急行で妥協することになり、ストレスフルな帰宅になっていただろう。これの問題点はそのストレスは全くもって無意味なもの、経験するだけ損だということである。しかし金があれば、料金を払って全席指定の特急列車に乗るという選択肢が生まれる。そして快適に最寄り駅まで行くことができるのだ。
僕はZ世代に分類される割には妙に古臭いところがある人間なもので、「若いころの苦労は買ってでもしろ」を行動原理に据えているところがある。しかし、僕が買う苦労は昇給昇進といった見返りや、学びや教訓が得られるものに限られる。だからこそ新卒の派遣で妥協せず、転職して未経験で技術職の世界に飛び込んでいったのだ。満員電車に揺られる苦労なんて以ての外、論外である。読者諸兄も、すし詰めの満員電車に乗って得られる見返りや学びを考えて頂きたい。全くと言っていいほど無いだろう。そしてこの記事の一番重要な所なのだが、この無駄な苦労というのは金銭の支払いによって回避できるという大きな特徴がある。だからこそ僕は金持ちになるのだ(3回目)。
うん、長々と書いたがこれが僕の偽りのない100%の本心だ。こういう風に文章化するのにはえらく時間と手間がかかるが、やはり価値のある作業だと思う。